2026年の独り言

by 梶井厚志

2026年3月某日

シンガポールから戻ってきた。3月上旬だというのに、雪は全くなくて、しかも地面が溶けている。雪がないのはまだしも、地面がまったく凍っていないのには驚いた。例年この時期だとまだ地面は堅くてなかなか掘れないはずだ。畑にはまだキクイモがたくさん埋まっている。早く掘り出さないと、暖かくて芽が出てしまう。

今年が暖冬だったのは、気のせいではない。我が家の熱源は灯油だが、この冬これまでの灯油の消費量が目に見えてこれまでより少ない。1月末にはずいぶん寒い日が何日かあったが、結局その寒かったのはほんの「一瞬」だったようだ。

こうなると私は忙しい。キクイモ堀りはもちろんのこと、去年の枯れた植物を引き抜いて掃除し、畑を耕し肥料を入れなければならない。ぼやぼやしていると様々な雑草が芽吹いてしまうから、その対策も必要だ。芝の種や芝用の土も手に入れておこう。さて今年は一体何がどこに出てくるか。


2026年2月某日

前回の滞在中に足しげく通ったバングラディシュ料理の店に行った。店は拡張されて、しかもきれいになっていた。ところが、店番が二人の中国人女性で、この人たちに英語が全く通じなくて弱った。注文はどのみち指差して行うのだが、その食べ物を袋に入れようとする。私のような風貌の人間は、店の中で手で食べられないから当然テイクアウトだと思い込んでいるのだろう。「内用」と言ってみるがこちらの発音が悪くて伝わらない。 かなり苦労して注文し、手を洗って席につき、手を使って上品に食べ始めたら、女性たちは目を丸くして(たぶん)「会手抓(食?)」などといっている(のだろう)。言葉が通じないだけではなく、残念ながら味も落ちてしまった。ずいぶんと塩辛くて味も薄っぺらい。念のためにもう一度行ったが事情は同じだった。

この界隈のバングラディシュ料理の店はコロナ時代にいったん絶滅したように見えたが、古い店が復活したり新しい店ができたりして、今や10軒近くあるから、去年の店に拘泥する必要はない。今回はそのうちの4軒をめぐって見たが、どれも面白い。そのうちの一軒を特に気に入って2回行った。

今年のシンガポール滞在時期は、ラマダン(イスラム教の断食月)と重なった。新月から光がのぞいてから次の新月までの約1ヶ月間、信者は日の出から日没まで飲食を断つ。バングラディシュの人たちはほとんどがイスラム教徒だから、これらの店は昼飯時に営業しないのではないかと危惧していたが、店は開いていて、おそらく昼間はまだ種類が少ないのだろうが、料理もある。店では食べられないから夜家で食べるのであろう、テイクアウトを頼む家族連れがときおりやってくるが、昼間は閑散としているから、異教徒はゆっくりと品定めをして自在に昼食を楽しめるのである。


2026年1月某日

こんな夢を見た。

太陽がてりつけ大地を焼く。まだ暑いのに、目の前に広がる水田には、黄金色の稲穂が頭を垂れていて、収穫の秋の風情だ。刈り取ればずいぶんと食べられそうだが、収穫される気配はない。

農機具を携えた人が、遠くのほうから何人もゆっくりと歩いてくるのが見える。しかし、水田に近づくにつれて次第に影が薄くなっていく。まるで暑さで溶ける氷ののようだ。水田にたどり着くころにはすっかりなくなってしまう。収穫されないで残っているわけだ。 人に頼る農業は確かずいぶん前に廃止になって、今の農業はAI制御の全自動になっている。それを人がやろうとしたって、溶けてしまうのは仕方ない。

まあ趣味で米作りをするのなら、溶けるのも存外楽しいのかもしれないと思いを巡らしていたら、目が覚めた。